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2010年07月21日 AM 12:25三軒茶屋の地名の由来

さて、本日は営業推進室より「三軒茶屋」の地名の由来について。

昔、三軒の茶屋があったから・・・というのは知っているかたも多いのでは?

その通り、三軒の茶屋があったからです。

江戸時代の中ごろから丹沢の大山阿夫利神社へお参りに行く人が増え、静かな田園の大山道(現在の世田谷通り)としてにぎわうようになり、やがて近道(現在の玉川通り・国道246)がつくられ、分岐点に三軒の茶屋「石橋屋」「角屋」「田中屋」ができ、大山詣や多摩川行楽の人々の休み処として、いつか三軒茶屋と呼ばれるようになりました。

この三軒の茶屋のうち、「田中屋」さんだけが現在においても三軒茶屋交差点近くに残っており、茶屋はやっていませんが、陶器屋を営んでいらっしゃいます。

戦災で店をたたんでしまった「石橋屋」には幕末の志士・坂本龍馬の写真が残されていたそうで、高杉晋作も三軒茶屋で遊んだのではと想像されます。ほかに、将軍徳川家慶、画家渡辺華山、蘭学者高野長英、明治期にはウサギ狩りの前後に休憩された明治天皇、そして大将乃木希典や作家徳富蘇峰なども茶屋を訪れていたそうです。

明治の中ごろから大正時代にかけては、軍の施設が次々に世田谷に移転し、商店や住宅の数がどんどん増え、シャボン屋、立飲み居酒屋、駄菓子屋、魚屋なども軒を構えました。明治40年(1907年)には玉川電車が渋谷ー二子玉川間に開通。大正12年(1923年)の関東大震災の後は、さらに都心から多くの人が移り住み、2年後に玉川電車が三軒茶屋から下高井戸まで延長。三軒茶屋駅かいわいは寄席や市場、映画館もある華やかな街となりました。

以上、三軒茶屋の歴史でした。

現在の三軒茶屋の新しい道標は、平成8年に完成した地上27階、高さ124mのキャロットタワー。

こちらの展望ロビーからの眺望は絶景ですが、楽しみ方を一味変え、下を通る二つの大山道を見ながら、昔の三軒茶屋の景色に思いを馳せてみては如何でしょうか。。。

では次回、他の街でお会いしましょう。